VOL.16 パチャとの対面/2003年11月22日・土曜日(出会いから27日)
午後、車で実家に向かう。
うめちゃんにはかわいそうだけれど、キャリーバッグに入ってもらい、少しの間我慢してもらうことにする。
実家までは30分ほど。
病院通いなどで車に慣れているはずではあるけれど、こんなに長い時間を車で移動するのは初めて。
不安はあるが、しかし、まずは出発だ。
車に乗ってしばらくの間はおとなしくしていてくれたうめちゃんだが、次第に、ここから出してと言わんばかりに、バッグをカリカリし始めた。
運転している私は、焦ってしまって気が気ではない。
「ごめんね、うめちゃん。もう少し頑張って」と声をかけながら、事故を起こさないよう、必死の運転だ。
やはり、車の中、キャリーバッグに閉じこめられて過ごす30分は、うめちゃんにとっては負担が大きすぎるだろうか。
かわいそうな事をしたかな。戻ったほうがいいかな。部屋でのお留守番のほうがいいだろうか。なんて、ぐずぐず考えている間にも、車は実家へと近づいて行く。
いくつめかの信号が青になり、もう、ここまで来たら行くしかないよな、と思いはじめた頃、諦めたのだろうか、徐々にうめちゃんが落ち着きを取り戻してくれた。
外の景色を眺めているらしい。
よかった。「うめちゃん、大丈夫? もう少しだよ。もう少しだけ我慢してね」
短く「ミョン」とないて、こちらを見るうめちゃん。
まるで、私の言葉がわかったかのようだ。
うめちゃんにいろいろと話しかけながら、無事に実家に到着。
母が「はいはい、お帰りなさい」と出迎えてくれる。
やはり家はいい。
ちょうど、近所に住んでいる姪のかのこが遊びに来ていた。
母から話を聞いていたのだろう。
かのこが、さっそく「わーい、うめちゃんですね」とバッグをのぞきこむ。
玄関先での賑やかな会話に、奥でお昼寝していたらしいパチャが、のんびりと出てきた。
いよいよ、緊張の対面がはじまる。
どうか、パチャとうめちゃん、お互いがお互いを受け入れてくれますように。ケンカなんかしませんように。胸の中、私は必死につぶやいている。
「パチャくん、うめちゃんをお願いね。
うめちゃん、ここでは、パチャがお兄ちゃんだから、あなたはいい子にしてね、お願いね」…。
まずは、ふたりをバッグごしに引き合わせる。
パチャはバッグのまわりをぐるぐるまわって、クンクン、クンクンと鼻を動かしている。
その様子に刺激されるように、バッグの中、うめちゃんも鼻をクンクンし始めた。
この緊張の場面、何事も考えることなく「うめちゃんだ、うめちゃんだ」とはしゃいでいるのは、かのこだけ。
母と私は、生活環境も性格も違う2匹の猫の対面に、不安と心配と緊張でいっぱいだ。
バッグごしの対面がどのくらい続いただろう。
パチャが少し落ち着きを見せてくれたので、うめちゃんをバッグから出してあげることにする。
しかし、すぐに対面させてしまっては、2匹の猫がどんな風になるのか想像もできない。
とりあえず、パチャには、庭で遊ぶ時に使うリードを着けてもらい、そのリードを母の手に託す。
さらに念のため、うめちゃんにもリードを着けてもらった上でうめちゃんを抱き、ふたりの様子を見ることにした。
私の腕の中のうめちゃんを、じっと見つめるパチャ。
パチャを見つめ返すうめちゃん。
リードを短めに持って、うめちゃんを床に降ろしてみる。
変わらない見つめ合い。
パチャがうめちゃんに一歩近づく。
続く見つめ合い。
長い…。私は息もできないくらいに緊張している。
相変わらず、かのこの声だけが、うるさいくらいに玄関に響く。
パチャが一歩、また一歩…ようやく、お互いがあと少し、という所まで近づいた。
(大丈夫かもしれない。ケンカせずに仲良くしてくれるかもしれない)と思った瞬間、「シューッ」。
パチャが、今までに見たこともないような怖い顔で唸った。
私は思わず、うめちゃんを抱き上げる。
気持ちを落ち着け、うめちゃんの顔がパチャに見えるように抱き直し、ゆっくり、声をかけながらパチャの視線まで腰を落とす。
また見つめ合い。
次第にうめちゃんは、周りの様子にも興味を示しはじめた。
環境すべてが新しいので、パチャの視線にだけ付き合ってはいられないといったところだろうか。
私の腕の中にいる安心感もあるのだろう、キョロキョロとあたりを見回している。
パチャに対しては、警戒心もないし、恐怖心もないといった感じだ。
一方のパチャは、まだうめちゃんへの視線をはずさない。
うめちゃんが気になって仕方がないのだ。
長い時間が過ぎた。
もう一度、うめちゃんを床に降ろしてみる。
うめちゃんは、周囲の様子を探るのに懸命な様子。
パチャが、そんなうめちゃんに、ゆっくりと近づき、うめちゃんのお尻のにおいを嗅ぐ。
そして、また「シューッ」。
家に帰り着いてから、1時間以上が過ぎている。
緊張を強いられ、さすがに母と私が疲れてしまった。
仕方がないので、うめちゃんを私の部屋へ連れて行き、そこで落ち着いてもらうことにする。
初めて会う人、初めて会う猫、初めての場所…。
うめちゃんにとっては酷な状況かもしれない、と心が重い。
自分の家だと思っている所へ知らない猫がやって来たのだから、警戒するパチャの気持ちも良くわかる。
普段は、自分がいちばんの王子様なのだから。
パチャに対しても申し訳ないという思いがこみ上げてくる。
私の部屋はパチャの好きな場所のひとつである。
自分の好きな部屋に知らない猫が入っていくのだ。パチャの想いはどんなだろう。
複雑な思いを抱え、うめちゃんを部屋に一人残すのはかわいそうだと思いながらも、実家に帰れば帰ったで、私にも手伝いやら何やら、することはたくさんある。
「うめちゃん、大丈夫、安全な場所だから、ゆっくりくつろいでいてくれる?すぐに来るからね。待っててね」
心を残しながらも階下に降りる。
うめちゃんのことが気になっているのは、パチャだけではない。
かのこも、気になって仕方がないのだ。
うめちゃんの様子を見に行っては、逐一報告してくれる。
うめちゃんは、本棚の下に隠れて出てこないらしい。
ようやく階下での仕事をきりあげて、部屋へ戻ってみる。
私の声で安心したのだろう。
うめちゃんは本棚の下からゆっくり顔を出し、出てきてくれた。
そして、こわごわ、かつ大胆な、私の部屋の探検が始まった。
うめちゃんがひとしきり探検を終え、私のそばにやってきたちょうどその時、「う~め~ちゃん」という元気なかのこの声と一緒にパチャがやって来た。
うめちゃんが慌てて本棚の下へ潜り込む。
パチャがうめちゃんを追う。
うめちゃんよりも体の大きなパチャは本棚の下には入れない。
じっとうめちゃんの様子を見ていたかと思うと、体を床にピッタリとつけ、手を下に入れてクイックイッと動かし、うめちゃんをとらえようとしている。
パチャが入っていけないことをいいことに、うめちゃんは手だけ出して、猫パンチで応戦だ。
激しい猫パンチ対決が続いていたかと思うと、いつの間にか、どちらからともなく取っ組み合いになってしまった。
体の小さいうめちゃん、よせばいいのに、果敢にパチャにむかって行く。
「うめちゃん、パチャがお兄ちゃんなんだから、駄目よ」と止めに入るが、聞く耳を持たないうめちゃん。
かかってこいよ、とばかりに迎えうつパチャ。
形勢がやや不利になったパチャが私の部屋から飛び出す。
後を追うのはうめちゃんだ。
「トントントントン」階段を下りる、すごい足音。
階下での取っ組み合いが始まる。
逃げては追って、追っては逃げて…。延々続きそうな気配だ。
これも必要な過程かと、ふたりを見守ることしかできない私。
あまりに酷い状態になったら止めに入ろうと構えるが、何となくお互い遠慮しながら、という雰囲気もうかがえて…。
お互いに本気でケンカをしているなら、きっと、すでにどちらかがケガをしているだろうという結論に達し、これはたたかいではなく、じゃれあいなのだと思うことにした。
ふたりがお互いを認め合うにはもっと時間が必要なのだろう。
すぐに仲良くなってもらおうなんて、きっと、こちらの勝手な想い。
彼らには、彼らのペースがある。
彼らのことは、彼らにお任せするのが、きっといちばん。
心配しつつも、心配していない風を装い、見ていないふりをしながら、観察し…。
そんなことをしていたら、いつの間にか何となく争いの気配はなくなって…。
どうやら、長い休日になりそうだ。
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