猫は落ち着いて眠ってくれた様子。
心配した夜泣きなどいっさいなく、一晩中、ただただ静かな気配をただよわせていた。
そそくさと布団を抜け出し、顔も洗わぬままに、まずは箱の中を覗いてみる。
「猫ちゃんおはよう。よく眠れた?」
急ごしらえの寝床、タオルを敷いただけの箱の片隅に、ちんまりとおさまっている猫の姿は「よかった。生きていてくれた」と安心させてくれるのと同じくらいに、胸をキュンと締め付ける。
「いい子だね」
「今、おいしいごはんを準備するね。いっぱい食べて元気になろうね」
…猫のためのごはんの準備をしながら、何度となく声をかける。
ごはんは、コンビニエンスストアで調達した猫用の缶詰と、昨日病院でいただいた試供品のカリカリフード。
鼻のつまりがなくなったからなのか、体の調子が良くなってきているからなのか、昨日よりはずっと食欲がある。
帰りには、この子のためのきちんとした食べ物や何やかや、いろいろと補充の買い物をしなければならない。
あれも必要だろう、これも必要と頭の中は忙しい。
昨日、病院に処方してもらった点眼薬を「一日に4回あげる」というのが、動物病院の先生との約束。
猫に里親さんを見つけ、一日も早くしあわせになってもらうためには、病気を治してもらうことが先決だという私なりの勝手な理由を掲げ、今日もいざ、猫が入った箱を抱えて会社へ。
事務所でも、仕事の合間合間に声をかけ、猫の様子を見る。
点眼薬が効いたのか、目は昨日よりほんの少し開いているようだ。
ペットショップではフードとブラシ、耳掃除用の液体と綿棒、そして、猫へのプレゼント、ねずみの形をした、楽しそうなおもちゃを購入。
部屋に戻り、箱の中の猫に「お疲れさま」と声をかける。
朝、この部屋を出てから、すでに長い長い時間が経ったような感覚。
さてさて、のんびりするにはまだ早い。
猫の体に付いているノミの糞を落とすため、新聞紙を大きく広げてブラッシング。
耳の掃除もしてあげよう。
…猫は嫌がりもせず、大人しく、されるがままになっている。
昨日知り合ったばかりの私に何をされても抵抗することさえ知らない体が、柔らかくて、あまりにも小さい。
私は、鼻の奥がツンと痛くなるのをこらえながら、力を振り絞り、ひとりで懸命に生きてきた猫が、この先、どうしたらいちばんしあわせになれるだろうかと考えた。